自由と規律

今回の国旗・国歌判決について、基本的には「よかったよかった」と思っていますが、ただこれは、「学校における自由」という新たな問題を突きつけることもまた事実でしょう。


別にふーこーさんを持ち出すまでもなく、学校というのは規律の権化です。朝早くから、同じ年代の若者を一箇所に隔離し、強制的に話を聞かせる。当事者の意志は、程度の差はあれ無視されます。こういうことが許されるのは、まさに学校と監獄のみです。


「学校における自由」を追求するなら、まず真っ先に「学校へ行かない自由」を議論すべきです、本来なら。


今回の判決、僕は心情的に教師の側に立っているので、「よかった」と思っていますが、しかしこれが徹頭徹尾「教師の論理」「大人の論理」であることも、確かです。もし僕が、今の頭のままで子供だったら、「自由をいうなら、まず俺達を自由にしろ!!学校に行かない自由、いやな授業は聞かなくていい自由を、オレに与えろ!!」と心の中では叫ぶでしょう。大人たちの自由ばかりが議論され、子供の自由は無視される。


いやはや自由は難しい。