豊かさの基準

「日本で成功した大陸のビジネスマン」みたいな人が、ついったーで、「日本は中国に自由がないというけど、実際には中国の方がよっぽど自由だし、なんでもできる」みたいなことを、よくつぶやいています。

ある意味では、そうだと思います。とくに、いわゆる「(とくにビジネス面での)能力のある人にとっては、中国の方が、稼ぐチャンスがいっぱいあるだろうなあ、と、素人目にも思います。


でも、おそらく、各社会における「真の豊かさの基準」とは、「何の才能もない一人の人間が、どんな生活を送っていけるか」で決まるんじゃないかと、勝手に思っています。


日本や、今いる台湾では、才能のない人間でも、それなりの生活を送っていける、と思います。日本の場合、オレみたいな無能な人間が、一応普通に暮らしていけていますし、台湾も、そんな感じがします。ごくごく普通のカップルが、百貨店で「奮発して、ちょっとおしゃれなカップを買う」みたいな感じ。

いっぽう大陸はというと、やっぱりこれが厳しいんですよね。上と下との差が激しすぎる。自分が無能の烙印を押された途端、どん底の生活に叩き落とされる、だから必死で、みんな全力疾走し続けている、という印象。


もちろん、中国も、いずれは「無能な人間もそこそこやっていける社会」になるんでしょう、たぶん。ただ、中国大陸で感じる息苦しさ、みんな「有能な人物」にあこがれる一方、「無能な人間」をまるで屑みたいに扱うような社会は、やっぱりちょっと生きづらいですわ、オレみたいな無能な人間には。