戦争という極限状態

 いや、そんな深刻な話じゃないんですけどね……


 最近、ゆえあって、60年代の中国の抗日映画をいくつか見ております。

 で、『地雷戦』という有名な映画を見ていたら、その中で、地雷で日本兵をやっつけた中国人(民間人)が、満足そうに笑いながら、うまそうにタバコをくゆらせるシーンが出てきました。

 それを見て、どーにも違和感というか不快感が……


 これは、僕が日本人だから、ではないです、多分(ゼロではないでしょうが)。同じことを、フランス人が、ドイツ兵をやっつけた時にしても、多分同じような不快感を持ったと思います。おいおい、人を殺しておいて、その笑顔はねーだろ、という。


 もちろん、「中国人は日本軍に侵略されたんだから、そのぐらいは当然だ」という考えもあるでしょう。

 あるいは、「人間をそういう「不正常」な状態に追いやった戦争と、それを引き起こした日本にこそ、責任がある」という言い方も、あるでしょう。


 ただねえ……(最近この言い回しばっか)


 つまり、この問題、こうまとめられると思うのです。

 「自分を殺そうとしている人間は、殺してもいいか?」

 いいんでしょうか? やっぱりまずいんでしょうか? 時と場合によりけりなんでしょうか?
(あれ、大岡昇平さんって、こういうことをぐだぐだと悩み続けた人なんでしたっけ?昔教科書で読んだ記憶が)


 「日本は軍隊など持つべきではない。もし、万が一、他国に攻め込まれたり、占領されたりしても、その時はその時だ」という主張をする方々が、います。

 もちろん、この理屈は、アリです。つまりこの場合は、「どんなことがあっても、人を殺してはいけない」という主張なわけです。

 しかし、この理屈は、抗日戦争時の中国にも、援用可能でしょうか?

 あの時中国は、大人しく日本に占領されるべきだったのだ、という主張は、通るでしょうか?

 「いや、それとこれとでは、時と場合が違う」ということかも知れません。

 しかし、こういう「真理」は、時も場合も関係ないんじゃないでしょうか。(時と場合、といった途端、「じゃあ殺してもいい時と場合は誰が決めるんだ?」という話になっちゃいます)

 「あの時の中国はよくて、今の日本はダメ」って、やっぱりおかしいんじゃないでしょうか。


 昔から、中国の抗日戦を賞賛しつつ、自衛隊には反対、という方々(そういう人もいるんです)に対する、そこはかとない違和感の正体が、ようやく分かった気がしました。