今年のこの1冊

おそらく、明日が「今年最後のこの日記」になるんじゃないだろうか、と思われるので、誰にも聞かれていないのに「今年のこの1冊」を。



べつに「いい本だ」とか「感動した」とかではなく、「彼らは本気だ」と十二分に思わされた1冊、ということで。


ここで中国(政府?)を代表して発言をしている朱建栄氏は、素晴らしく優秀なセールスマンです。「中国」という商品を、あの手この手で日本人に勧めてくる。「中国は変わりました、もしくは変わりつつあります」「日本と中国では、社会や政治の中身はじつはそんなに変わらないんですよ」「だって民主主義だって汚職や腐敗はあるでしょ?西側マスコミだって全然「公平」じゃないじゃないですか」等々。マイナスイメージにももちろん言及しますが、それらは「もちろん中国にも問題はあります。でも……」で切り抜ける。「……」の中身は「それは克服可能です」とか「西側だって問題あるじゃないですか」とか。


こんな優秀なセールスマンにかかっては、「いや、いりません、けっこうです」と言いきれる人は、少ないんじゃないでしょうか。いや、言うのは言えるとしても、「なんで?」と理由を聞かれた途端にしどろもどろになってしまうこと請け合いです。「なんでもなにも、嫌いなものは嫌いなの!!」と逆ギレするぐらいしか。そう、日本側代表(なのか?)の上村幸治氏のように、なんともカッコ悪くなってしまうのです。


とはいえ、朱氏のヤリスギなところもないではないですが。例えば、今年、唐家セン氏が「日本の政府はマスコミを「指導」しろ」と言ったことが日本でちょっと騒がれましたが、朱氏によると「指導」の原文は「引導」で、それは「指導」や「命令」ではなく、「誘導」ですらなく、あくまで「アドバイス」であり、その意味は「両方のバランスを考えなさいと、アドバイスを」する、というものなんだそうです。

しかし例えば『現代漢語大詞典』で「引導」を引くと、「1.帯領、使跟随。2.啓発、誘導」であり、まあ普通に訳せば「指導」ですわね(中中辞典なので結局は堂々巡りかもしれませんが)。

かりに「アドバイス」だとしても、今の日本では、マスコミに政府が「こう報道しなさい」と「アドバイス」すること自体が問題視される、程度にはまだ報道は自立していると思います。もちろんここがジレンマで、報道が自由であるがゆえに根拠レスの「反中報道」が飛び交う自体にもなっているわけですが、しかしそれでも、どんなに親中スタンスの人・反中報道に憤りを感じている人でも、「日本政府が報道機関に、反中報道はやめるように「アドバイス」する」ことを是とする人は、いないでしょう(と信じたいものです)。


まあこのあたり、優秀なセールスマンでも(だからこそ?)辛いところではあるでしょうが、全体的に見れば、この討論会、朱氏の圧勝です。


しかしそこでまた素朴な疑問が。朱氏のような中国の「親日派」は、なぜ親日なんでしょう。親日になって、何の得があるんでしょう。

朱氏の発言を読んでいると、「なんでそんなに日本に擦り寄りたいんだろう」という疑問が、湧いてくるのですよ。偏向報道で中国の悪口ばかり言い、おまけに中国のことをいまだに見下しているけしからん国。そんな国、放っておけばいいじゃないですか。

もちろん、彼らが真に「日中友好」を果たしたいのだ、と善意に考えることを完全に排除するわけでもないのですが、ただ日本の「親中派」が、ODA利権だのそれなりの「大人の事情」を抱え込んでいる(いた)のと同様、中国だって同じじゃない?と考えるのは、さほど突飛なことでもありますまい。

ODAよもう一度、なのか、それとも他に何か狙いがあるのか。