難しいことを難しく

うちの業界、ここんとこ、竹内好ブームですよね。何度目かしら。


僕は、どうもこの人が苦手で。
なんかこう、「難しいことを難しくいう」人だというイメージがあって。

もちろんそれは、理解できない僕の頭が悪いだけなんですけど。それは分かっているんです。


ただ、特に彼の魯迅論なんかを読んでいると感じるのですが、「これが魯迅という作家だ」「魯迅はこう読まねばならぬ」という意識がものすごく強い。

「こんな風に読みましたけど……」とおそるおそる論文見せたら、「これはなんだ!!オマエは魯迅のロの時もわかっとらん!!」と烈火の如く怒られそうな。


そうして魯迅を難しく難しく読んでハードルを上げて秘技化して、だれも本当の魯迅を理解していない、魯迅が分からなければ中国はわからんのに、これだから衆愚は……みたいに嘆息してお付き人たちが「本当にそうでございますねえ、はっはっ」と相づち打って……


完全な被害妄想ですが、どうも竹内魯迅(とその崇拝者たち)には、こういうイメージがあるのです。


でも、他の作家ならいざ知らず、魯迅って、こういう「秘技化」みたいな、知識階層と大衆の分離みたいなのを、一番嫌った人なんじゃなかったっけ……


と、ボソリとつぶやいてみたりして。