人文系の悲哀

 学術系ブログだと、今は経済系が一番活況があるんじゃないですかね。リフレ(いまだに、コレがなんなのかよく分かりませんが)の議論とかで。で、そっから派生した労働問題とかフリーター問題とか、そんなのも大盛り上がりです。

 そこいくと人文系はねえ。今、人文系ブログの雄といえば内田さんのでしょうが、かつ、これが本当に面白いのは大前提としてですが、どうも「年寄りの繰り言」系、つまり、「社会にブツブツと文句を垂れる」系なんですよね。
 もちろん、「年寄りの繰り言」がダメと言っているのではありません。ただ、それはどうしても後付け、つまり、「社会をどう変えるか」という前向きなものというよりは、「この社会はなぜ(自分たちにとって)暮らしにくいのか、だめなのか」という後ろ向きなものになりがちです。まあ、「活気のある若者」にとっては、あまり魅力的なものではないのかもしれません。

 で、これは前にも書きましたが、人文系の場合、「社会への問題意識」が大切、とよく言われます。しかしこれは、「社会」に「問題」があって、初めて成り立つことです。つまり「この世の中はダメなのだ」という悲観的な世界観をそもそも前提としている、といえるのではないでしょうか(なお、ここで「問題のない社会などありえない、ユートピアは存在し得ない」などと考えてしまうのが典型的な「人文系脳」です)。

 もちろん、「問題意識」が大事なのは経済系も一緒です。ただ、経済系は「何がダメで、じゃあどうすればいいのか」を「経済」という視点に絞って明確に論じていく(これは幻想?)のに対し、人文系はたいてい「文句を付ける」ところで終わりです。「これは議論しなければならない問題である」で(無責任に)結ばれるのが人文系論文の常ですし。

 そう考えると、大学内でも、人文系の先生は、「文句をいう」とか「あら探しをする」のは得意だけど、「じゃあどうすればいいのか」には言及しない人が多いような。


 ☆すっかり忘れていましたが、こないだの香港のデモも、日曜日!
  ま、今回は、茶化したりはいたしません。