続き

というのも、「ある学校に入った/出た」人にとって、やはりそのステータスを消すことは、できないであろうからです。


「くじ引きで高卒か大学に行くかを決めた」とか「あみだでどの大学にするか決めた」とかいう人でもない限り、みんな「高校で社会に出るのではなく、大学に行く」「C大学でもB大学でもなく、A大学に入る」ということに価値を見いだし、それなりに努力して、入って、出たわけです。だから、「(自分の)学歴を完全否定する」ということは、自分のそういう価値観自体を、否定することになる。一生懸命努力してT大やK大やW大に入って、「でもこんな大学に入ったことなんてなんにも意味ない」と言うのは、喩えれば、高いカネ払って良い車買って、「でも、こんな車、なんにも意味ない」と言うようなもんです。いや、中にはそういう人もいるかもしれませんが、でもそれはやっぱり「カッコツケ」感が漂いますよね。


「だから差別は正当化される」というわけではないんですけどね、もちろん。